日曜美術館「いま、ここで生きてる -第8回 横浜トリエンナーレ-」(2024.4.7)

新司会の坂本美雨さんと守本奈美さんを迎え、オープニングも新たにスタートした2024年4月最初の日曜美術館。
アーティストの井上涼さんと一緒に、3年に1度開催される現代美術の祭典「横浜トリエンナーレ」の会場を巡ります。

2024年4月7日の日曜美術館
「いま、ここで生きてる -第8回 横浜トリエンナーレ-」

放送日時 4月7日(日) 午前9時~9時45分
再放送  4月14日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 坂本美雨(ミュージシャン) 守本奈実(NHKアナウンサー)

2024年春にリニューアルオープンした横浜美術館。ここをメイン会場に現代アートの祭典、横浜トリエンナーレが開催されている。8回目となる今回は、アジアを中心に93組ものアーティストが参加。テーマは「野草:今、ここで生きてる」。世界各地で絶えることのない暴力や抑圧の中、アーティストが生み出したアートに託した「生きる力」とは?新司会の坂本美雨と守本奈実が、井上涼と一緒に会場を巡る。
日曜美術館ホームページより)

ゲスト
井上涼 (アーティスト)

出演
リウ・ディン
キャロル・インホワ・リー

サンドラ・ムジンガ
ヨアル・ナンゴ
サローテ・タワレ
ルンギスワ・グンタ
森村泰昌
プック・フェルカーダとその家族
プリックリー・ペーパー(チェン・イーフェイ & オウ・フェイホン)
オープングループ(ユリー・ビーリー & アントン・ヴァルガ & パヴロ・コヴァチ)
SIDE CORE(西広太志 & 高須咲恵 & 松下徹)

片多祐子 (横浜美術館主任学芸員)


「野草:いま、ここで生きてる」のメッセージ

第8回横浜トリエンナーレには、31カ国から93組のアーティストが参加しています。
メイン会場となる横浜美術館は、この3月にリニューアルオープンを迎えたばかり。
グランドギャラリーは天井から自然光が入るようになり、明るい光の中でアートを鑑賞できます。
ですが、ゲストの井上涼さんが言うように「楽しいばかりではない」のが現代アート。
あまり直視したくないものも、文字通り白日の下に晒されてしまうかも?

アーティスティック・ディレクターのリウ・ディン(劉鼎)さんとキャロル・インホワ・ルー(盧迎華)さんは「野草:いま、ここで生きてる」というタイトルを世界の写し絵であり、すべての人に関係する重要なテーマと語ります。

ピッパ・ガーナー《ヒトの原型》

最初に登場したのは、肌の白い女性と肌の黒い男性のパーツをつなぎ合わせたような作品。
胴体から突き出した手には赤ん坊を抱え、上に掲げた腕はスマホをかざしています。
普通の人間なら肩がある位置から男女の首を左右対称に突き出した形に、出演者の方々も「自由には見えない(坂本)」「動きにくそう(井上)」という印象を持ちました。
作者のピッパ・ガーナーはアメリカ出身で、1960年代から性別・人種・年齢などを超越した多様性を問う作品を発表しています。

サンドラ・ムジンガ《そして、私の体はあなたのすべてを抱きかかえた》《出土した葉》

鉄の骨組みに細く裂いた赤い布を編み込んだオブジェを天井から吊るした《そして、私の体はあなたのすべてを抱きかかえた》、紫の布を編み込んで地面から突き出るように置いた《出土した葉》は、コンゴ民主共和国で生まれ、幼少期にノルウェーに移住したサンドラ・ムジンガの作品。
安定した鉄の骨と対比するもろい布地は人間の皮膚の象徴です。
白人社会で成長しノルウェー国籍を持つ黒人女性、という立場にあるサンドラにとって、皮膚は世界との接点でありながら政治的な意味を内包するものでもあります。

ヨアル・ナンゴ《ものに宿る魂の収穫/Ávnnastit》

日本初紹介のヨアル・ナンゴは、遊牧民サーミ族の血を引くアーティスト。
行く先々で見つけた素材で家を作るサーミ族の伝統的建築をもとに、ギャラリーの中に自然物と人工物が入り混じる仮設住宅を建てました。
木や竹・何かの動物の骨・鳩サブレの缶・「手作り」の張り紙など、材料はすべて横浜近郊で見つけたもの。
ヨアルはこのアートを「素材や建築を使ったフリージャズ」に例えています。

サローテ・タワレ《いっしょならもっと良い》

フィジー生まれで子供の頃オーストラリアに移住したサローテ・タワレは「人とのつながり」をテーマにしたインスタレーションを制作しました。
祖母が作っていたフィジーの織物をもとにしたカラフルな菱形が壁を埋め、その奥にはトタン屋根の小屋。
小屋の中には3つのモニターが設置され、友人と過ごすオーストラリアの日常やフィジーにいる親戚とのメッセージが表示されています。

ルンギスワ・グンタ《Benisiya Ndawoni:馴染みのないものへの回帰》

ケープタウンを拠点に活動するルンギスワ・グンタの作品は、優しい緑色の印象とは裏腹にハードな社会問題を暴き出す作品です。
淡い緑色の空間に蔦が伸び絡まり合う自然の風景…と思いきや、植物のように見えたのは黄色や緑の布で包まれた有刺鉄線。
いまだ終わらないアパルトヘイトの象徴です。
ルンギスワは美しく非暴力的に見える世界にも暴力があること、アパルトヘイトは過去になってなどいないことを、手を傷だらけにしながら訴え続けています。

ピェ・ピョ・タット・ニョ《わたしたちの生の物語》

ミャンマー出身のピェ・ピョ・タット・ニョの作品は、BankART KAIKOで展示されています。
細いコードが絡み合ったオブジェをミャンマーで採れるルビーのような赤い電灯が照らします。
有機的な形と赤い光が合わさった様子は、何やら奇妙な生き物のよう。
3年前から内戦が続くミャンマーに生まれた、全く新しい生命体かもしれません。

プック・フェルカーダ《根こそぎ》

オランダの作家プック・フェルカーダの作品は、旧第一銀行横浜支店で見ることができます。
人と自然の新しいあり方を表現したアニメーションは、ウサギと植物と人間が混じり合ったようなキャラクターが登場する奇妙な幻覚のような世界。
実写部分は作者本人と家族が出演しています。
プックはアートを普段口に出し難い「少し気まずい」テーマを考えるきっかけになりうると考えているそうで、確かにこの奇妙な(そして深い意味がありそうな)アニメを入り口にすれば社会や環境などの壮大な問題にも気負いなく入っていけそうな気がします。


魯迅と横浜トリエンナーレ

第8回横浜トリエンナーレのテーマ「野草」は、中国の文学者・魯迅(1881−1936)から着想を得たものです。
個人の主体性が尊重される社会を目指した魯迅は、芸術が社会を変える力になりうることを信じた人でした。
魯迅が中国に紹介した版画家ケーテ・コルヴィッツはナチス政権下で人々の苦しみを描いた人。
コルヴィッツの版画は社会を動かし、若い版画家を中心に社会運動が広がっていきました。

北島敬三+森村泰昌《野草の肖像》

名画や歴史上の様々な人物に扮してきた森村泰昌が魯迅になりきり、写真家の北島が撮影したコラボレーション作品は、クイーンズスクエア横浜に展示されています。
森村自身のポートレイト《野草の肖像:M. Y. September 16th,2023》と、魯迅に扮した森村のポートレイト《野草の肖像:L. X. September 17th,2023》は向かい合わせで展示され、互いに見つめあっているかのよう。
魯迅は「人間そのものを見つめようとした人」「魯迅の世界と今という時代は随分とずれているんじゃないか」と考える森村は、魯迅の目を通すことでもう一度「芸術とは何か」という問題を考え直してみたいと語りました。

富山妙子の作品

横浜美術館では、魯迅に影響を受けた富山妙子(1921−2021)の作品55点を展示する特別室を設けています。
1950年代に西洋のモダニズム絵画を学びながら画家としてあゆみ始めた富山は、各地の炭鉱や鉱山を訪ねて人々の現実を表現したシリーズをはじめ、広い視点から社会や自信を見つめた人です。

代表作《光州のピエタ》など1980年に制作された版画のシリーズは、200人以上の犠牲を出した韓国の民主化運動「光州事件」を軍事政権が隠蔽したことに端を発するもの。
富山は現地に赴き、時代に翻弄される人々の姿を作品で表現しました。

90代になった富山は、東日本大震災と社会のシステムの脆さを目の当たりにします。
不吉さを感じさせる風景に神々の姿を現した不思議な絵画は、ある種の絶望の中で人の歴史を見直す必要を感じて制作されたもの。
社会を見据える目を持ち続けた富山の姿勢は、晩年になっても変わりませんでした。


グループによる作品

プリックリー・ペーパー《揺れ動く草の群れ》

中国広州で活動するチェン・イーフェイ(陳逸飛)とオウ・フェイホン(歐飛鴻)のコンビは、ダンボールを使ったインスタレーションを展示しています。
人の生涯における様々な場面を大地から生える草のように表現した会場のあちこちに置かれているのは、版画や家庭用印刷機で印刷した手作りの本。
彼らの活動はもともと公衆トイレに自作の本を置くことから始まり、本作りのワークショップも主催しています。
中国では国際標準図書番号(ISBN)がない本は出版できませんが、自宅で本を作って楽しむ分には警察に捕まらないそうです。
ユニット名のプリックリー・ペーパー(刺紙)は、カントン語でトイレットペーパーのような意味があるんだとか。

オープングループ《繰り返してください》

ウクライナのチームが制作した映像作品は、難民キャンプで撮影された映像が使われています。
(同じ会場にあるヨアル・ナンゴの作品が難民キャンプの仮設住宅に見えてくるのは偶然でしょうか?)
戦争で使われる武器や兵器の音を口で表現し、語学の教材のように「繰り返してください」と求められる映像は、音で武器の種類を判断する戦時下の行動マニュアルを元にしたもの。
スクリーン越しに繰り返される「繰り返してください」というメッセージは「聞き分けられるようになりなさい」「いつか必要になるかもしれない」「あなたの国、あなたの近くに戦争がやって来るかもしれない」というメッセージでもあるのです。

SIDE CORE《big letters, small things》

横浜美術館の外壁に描かれた、高さ15m×幅60mの巨大な壁画。
愛嬌のあるキャラクターや英語の文章で構成され、期間中も描いたり消したりと日々変化しています。
壁に描かれるモチーフや言葉も日常から思いついた事柄で、例えば「THE CROW MINDS THE CLOCK(時間を気にするカラス)」は、カラスの意外に規則正しい営みから浮かんだ言葉だそうです。
この壁を育てることが「生きてる」という行為の置き換えであり、横浜に昔あった落書きフリーの壁の再現であり、ひとつの壁画の中には色々な意味やメッセージが含まれているようです。
(まさに「big letters」ということでしょうか)
地元の郵便局に勤める人にも認知されて、声をかけられたこともあるんだとか。


第8回横浜トリエンナーレ

「野草:いま、ここで生きてる」と「アートもりもり!」の二部構成

「野草:いま、ここで生きてる」

横浜美術館ほか5会場で展開する「野草:いま、ここで生きてる」がテーマの展示

公式ホームページ

会場

横浜美術館
神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1

旧第一銀行横浜支店
神奈川県横浜市中区本町6-50-1

BankART KAIKO
神奈川県横浜市中区北仲通5-57-2 KITANAKA BRICK & WHITE 1F

クイーンズスクエア横浜
神奈川県横浜市西区みなとみらい2-3(みなとみらい線「みなとみらい駅」6番出口直結)
クイーンズスクエア横浜2Fクイーンモール

元町・中華街駅連絡通路
神奈川県横浜市中区山下町(みなとみらい線「元町・中華街駅」中華街・山下公園改札 1番出口方面)

会期

2024年3月15日(金)~6月9日(日)
木曜休場 (4月4日、5月2日、6月6日は開場)

時間

10時~18時
6月6日(木)~9日(日)は20時まで開場

チケット

オンライン又は会場窓口で購入)

「野草:いま、ここで生きてる」鑑賞券
横浜美術館/旧第一銀行横浜支店/BankART KAIKOの3会場に入場可能(別日程も可)
一般 2,300円
横浜市民 2,100円
学生(19歳以上) 1,200円

「BankART Life7」パスポート・「黄金町バザール2024」パスポートセット券

一般 3,300円
横浜市民 3,100円
学生(19歳以上) 2,000円

「アートもりもり!」

BankART Stationと黄金町バザールを中心に、市内の各拠点が統一テーマ「野草」を踏まえて展開する展示

「UrbanNesting:再び都市に棲む」

BankART Station(神奈川県横浜市西区みなとみらい5-1「新高島駅」B1F)
および周辺各所(関内地区、みなとみらい21地区、ヨコハマポートサイド周辺地区)

3月15日(金)~6月9日(日)

11時~19時

木曜休館(4月4日、5月2日、6月6日は開館)
※BankART Station以外の休日・観覧可能時間は各設置場所に準じる

セット券でパスポートと引き換え(単体パスポート:一般 1,000円/高校生以下無料)

公式ホームページ

「黄金町バザール2024 ― 世界のすべてがアートでできているわけではない」

高架下スタジオSite-B(神奈川県横浜市中区黄金町1-4先)ほか

3月15日(金)~6月9日(日)

11時~19時

木曜休館(4月4日、5月2日、6月6日は開館)

セット券でパスポートと引き換え(単体パスポート:一般 1,000円/高校生以下無料)

公式ホームページ