日曜美術館「蔵出し!日本絵画傑作15選 三の巻」(2020.06.21)

日本絵画の傑作15点を紹介するこの企画もいよいよ終盤。
最終回は江戸時代。現代でもよく知られている個性派絵師たちの競演です。

2020年6月21日の日曜美術館
「蔵出し!日本絵画傑作15選 三の巻」

放送日時 6月21日(日) 午前9時~9時45分
再放送  6月28日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

日曜美術館45年のアーカイブから「日本絵画の傑作15選」を3回に分けて紹介するシリーズ。最終回は江戸時代を代表する5作品。神々の表情が印象的な俵屋宗達「風神雷神図屏風」、絵画とデザインが同居する尾形光琳「紅白梅図屏風」、三次元空間を体感するような円山応挙「雪松図」、写実を極めた伊藤若冲「動植綵絵」、大波の決定的瞬間・葛飾北斎「神奈川沖浪裏」を、歴代ゲストの多彩な言葉とともにたっぷり堪能する。(日曜美術館ホームページより)

出演
中沢 新一 (人類学者)
黒鉄ヒロシ (漫画家)
佐 藤  卓 (グラフィックデザイナー)
土屋 秋恆 (水墨画家)
大 野  智 (嵐 リーダー)
茂木健一郎 (脳科学者)
さかなクン (お魚博士)
村 上  隆 (アーティスト)
浅井 慎平 (写真家)
しりあがり寿 (漫画家)


いよいよ最終回! 江戸美術の傑作が登場

傑作選一の巻は人知を超えた存在に対する畏敬の念をこめた美術が、
二の巻は個々の描き手が現実に対して表現する美術が紹介されました。
今回は三の巻。江戸時代が300年続く中でより自由に発展した美術の代表作です。

俵屋宗達「風神雷神図屏風」17世紀
日曜美術館「夢の宗達 傑作10選」2014
新日曜美術館「日本人が愛した風神雷神」2003 より

黒い雲を踏み空中に踊る風神と雷神の図。
ぎょろっとした目や歯を剥いた口元は笑みを浮かべているようで、
なんだか楽し気に見えます。
宗達が手本にした作品のひとつと思われる
鎌倉時代の絵巻《松崎天神縁起絵巻》の雷神は、
《風神雷神図屏風》と同じポーズをとっていても険しい表情です。
中沢新一さんが
「ただ、この世界が存在していることが嬉しくて笑う。そういう笑いじゃないですかね」
という風神雷神の表情は、宗達オリジナルのものなのでしょうか?

黒鉄ヒロシさんは、
恐ろしい自然の代表である雷・雨・風・台風を「風神雷神」と名付けて
愛嬌のあるお顔に描くことに、日本人の自然観を指摘します。
まるで落語の「熊さん八つぁん」のような身近な存在になった自然の荒ぶる神は
恐怖の対象から親しまれる存在となり、現在に至るまで愛されるようになりました。

宗達作の《風神雷神図》はおよそ80年後には尾形光琳によって模倣され、
光琳作の《風神雷神図》はそれからさらに1世紀ほど後、酒井抱一に模倣されています。
良い作品、愛されるキャラクターはこうやって伝わっていくのかも知れません。

尾形光琳「紅白梅図屏風」18世紀
極上美の共演 シリーズ琳派・華麗なる革命(2)
「黒い水流の謎~尾形光琳~ “紅白梅図屏風”」2011 より

佐藤卓さんは、異なる要素が競演しているこの作品について
「絵画の真ん中をデザインが横切っている」といいます。
左右に配置された紅白の梅の木が苔むした様子まで細かく描かれているのに対して、
中央を流れる川はパターン化された渦巻が一面に描かれた平面的な表現です。

この水流の文様の身を白黒に抜き出した図は佐藤さんによると
1960年代に流行したサイケデリック調のグラフィックにも近い
「とてもファンキーな印象と言ってもいいくらい」。
大胆で平面的な水のパターンと写実的な梅の木の姿は
互いをより魅力的に高め合っています。

絵画の中に図案を取り込んだ光琳のデザイン感覚、
流石は琳派の立役者と拍手を送りたくなります。

円山応挙「雪松図」18世紀
日曜美術館「ありのままこそ応挙の極意」2016
ハイビジョン特集「天才画家の肖像 からくり絵師円山応挙」2005 より

六曲一双の屏風に、雪原に立つ雪をかぶった松の木を描いています。
太陽の光を反射する雪の照り返しは金砂子で表現し、
ふんわりした雪は白い顔料ではなく地の紙を塗り残したもの。
金と墨だけで描かれているはずの絵ですが、
立体的に迫ってくるような臨場感があります。

土屋秋恆さんはその理由を、2つの視点から解き明かしました。
ひとつは、墨の使いかた。
墨で描かれた松葉の奥に灰色の影が見えますが、
拡大すると薄い墨でやはり一本一本描かれた松葉だということがわかります。

もうひとつは三次元を意識した表現。
雪の積もった枝の向こうに、雪をかぶった葉の裏側が見え、
実際の木を下から見上げるような効果を出しています。
これは応挙より前にはなかった表現で、
二次元の絵で三次元を表現しようとする斬新な試みなんだそうです。

三次元を作りだす表現は他の作品でも試みられており、
《大瀑布図》(1772)は元々所蔵されていた
相国寺(京都)で飾られていた高さに展示すると
下の部分が床について折れ曲がった状態になります。
この時、滝つぼが丁度床にきて、
覗き込むと水が雪崩れ落ちているように見えるのです。

《雪松図》も屏風の折れ曲がりを活かし、単純に絵を折りたたんだのではなく
凹凸があることでより立体的に見える表現を盛り込んであるようです。

伊藤若冲「動植綵絵」
「若冲ミラクルワールド:第1回 色と光の魔術師 軌跡の黄金の秘密」2011
「若冲ミラクルワールド:第2回 命のクリエイター 超細密画の謎」2011
新日曜美術館「奇は美なり ~若冲・細密の世界~」2000 より

若冲は43歳の頃から10年ほどかけて
鳥・虫・草花・魚介類などを描いた30幅ひとそろいの作品群を制作しました。
これらの特徴は何と言っても毒々しささえ感じる強烈な色彩と、
写生に基づいた細密な描き込み。

《群鶏図》の前に本物の鶏を掲げてみた大野智さんは、
本物を超える細かさに驚いていました。
自分でも絵を描く大野さんですが、自分なら「ここはこんなもんでいいか」と
ざっくり仕上げてしまうようなところまで描き込まれていることが心に残ったそうです。
「ムラはどこだ」と探してみても見つからなかったとか…

若冲の細密すぎる描写について茂木健一郎さんは、
「焦点が全部にあたっている」と指摘します。
人間の目は視界の中の一点に焦点を合わせるようにできていますが、
若冲の絵はそこに目をやってもそこに集中しているように見えてしまう。
人によっては過剰に感じるかもしれない、そんな濃密さがあります。

魚を描いた《群魚図》《諸魚図》の中には34種の魚が描かれ、
中には奇妙な形をしている魚もあります。
架空の鳥である鳳凰も鳥の一種として描いている若冲ですが、
さかなクンによると魚の絵はすべて実在の魚なんだそうです。
ただし、生きているように描かれたアンコウは干物をモデルに描いた形跡があり
(江戸時代は珍しい魚を干物にして見世物にすることがあったんだとか)
コウイカも触腕が長く伸びている(死んだ時の特徴)。
写生をもとに生きている時の姿を想像して描いたのでしょうか。
若冲は錦小路にあった青物問屋の出身ですから、
モデルは意外と身近にあったのかも知れません。

村上隆さんは、精進に精進を重ねて絵に打ち込んできた若冲を、
描くことで自分を生きることに近づけるひと、
繰り返すことで自分が生きていることを確認しているひとだと言います。
鶏の羽根や魚の鰭までよくよく観察したうえで描き込んでいった若冲が
絵にどのような思いを込めていたのか、
後世の人間はただ圧倒されるばかりです。

葛飾北斎「神奈川沖浪裏」
ハイビジョンスペシャル「天才画家の肖像 葛飾北斎」2003 より

北斎の作品の中でも圧倒的な知名度を誇る《富嶽三十六景》のひとつ、
大抵の人が北斎といえばこれ、と思い浮かべるだろう作品であり、
同時に外国でも「グレートウェーブ」と親しまれている
波の絵といえばこれ、という1枚でもあります。

浅井慎平さんは写真家の視点から、
この絵の「フレームの正確さ」「シャッターチャンスの正確さ」を語りました。
一瞬もじっとしていない海のどの瞬間を、
どの構図で切り取るか計算された舞台のようだ、と。
高い波が崩れる一瞬の姿を把握し絵に収めた北斎という人は
いったいどんな目をしていたのでしょう。

しりあがり寿さんも、北斎の作品から舞台を連想しています。
まるで歌舞伎の「見栄」のように
いわく「パシーン!カーン!スパーン! みたいな」
完全に「決まった」瞬間を捉えることで、
見えるものを形にするという次元を超えて「波という概念を絵にしている」。

しりあがりさんは概念すら形にしてしまう北斎の作品から、
《天地創造 from 四畳半》(2020)という
ヴィデオ・インスタレーション作品を作っています。
二頭身の北斎が筆を振り回して世界を作っていく、全7分の映像。
北斎という謎の多い存在が、より不思議なものに見えることでしょう。


次回は「西洋絵画傑作選」?

古代から近世まで、日本美術を代表する15作品を堪能する3週間でした。

スタジオの小野さんは「改めて見てみたい作品は?」という質問に、
「チブサン古墳に入ってみたい」と答えています。
チブサン古墳だけではなく、どの作品も「見たい」と同時に
「絵の中に入ってみたい」とも思うんだとか。
これ、美術作品を鑑賞する人がみんな思う事かも知れません。

今後は「西洋絵画傑作選」も予定されているようです。
いったい何が選ばれるのか、今から気になってしまいますね。